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Jan 21 2010

自分の立ち位置には、ビジネスが絡まない限り、上野さんらはおよそ興味がなさそうだった。上野さん、冒頭から澁谷さんに「どれだけ売れたか」とビジネスモードであり、澁谷さんも嫌悪感を示すことなく積極的に話題にのっていく。その一方で、お二人の話にたびたび出てくるのが現在の日本社会における格差とか男子の就業の大変さなのであるが、労働問題や、経済問題には一向に突っ込んでいかないもどかしさ。正社員や正規の仕事を得られなくて大変な男子が出てくるが、彼らに興味があるのは、「仕事もなく、モテナイ男」であることだけだ。それじゃ、単なる「ネタ扱い」でしかないってことだ。

上野、澁谷さんとも、バンバンの正規職に就いておられることだし、「おちぶれることを想定できない」立場だろう。Ohnoblog 2で書かれているように、大学の先生という「地位も金も文化資本もある強者の女が、金も女もない若い男には「弱くてもいいのよ」「女なんかなしでも生きていけるって」と、年老いて弱気になった男には「誰でも弱いものよ」「変なプライド捨てて女と助け合いなさい」と呼びかけているわけだ。」 上から目線で「非モテはいかにして生きていくべきか」とか「男おひとりさまは老後をどう生きるべきか」と教えられる方はたまったもんじゃないなと思った。「救いになればなあ」「純粋に楽になっていただきたい」と無邪気に語る姿に、フェミニズムは自分の立ち位置に敏感であったはずなのに、これはなに?と思った。そういう「ダブルでつらい」男をネタ扱いとし「ターゲット読者」としてビジネスしていることに心の痛みを感じないんだろうかと思った。しかも、あのトークは東大の教室を超えて、WANを通じてネット中継や動画配信をしている。それを知りつつ、お二人が自らの立ち位置についてそこまで無自覚に振る舞えることには驚かざるをえない。

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